桜の手入れを行っている保護団体の方、桜番付を作成している団体など、福島県内の桜にさまざまな形で関わる人を取材しました。
今回は、浪江(なみえ)町にある桜並木「請戸川(うけどがわ)リバーライン」の手入れをしている「絆さくらの会」の皆さんの取り組みを紹介します。
<目次>
独自の手入れ法で病気の桜並木が美しい姿に復活
福島県浜通りを代表する桜の名所の一つ、浪江町の「請戸川リバーライン」。町内を流れる請戸川沿い約1.5kmに約120本のソメイヨシノが咲き誇ります。
最も古い桜は1952年に町内で酒店を営んでいた女性が植えたもので、樹齢70年以上経っているそう。しかし、手入れがしっかりと行き届き、花だけではなく幹の美しさも際立っているのがこの桜並木の特長です。
請戸川リバーラインの手入れをしているのは、浪江町商工会青年部OBで結成した「絆さくらの会」の皆さんです。
今でこそたっぷりと花を咲かせる美しい桜並木ですが、手入れを始めた1996年当時は病気(てんぐ巣病)の木が多かったと、絆さくらの会会長の小黒敬三さんは振り返ります。
「我々が商工会青年部の現役だった頃は毎年さくら祭りを開催していたので、請戸川リバーラインの桜並木に思い入れがありました。その後、予算の関係でさくら祭りがなくなると手入れが行き届かなくなり、てんぐ巣病だらけでほとんど花が咲かない状態になってしまったんです。腐った枝も多かったので、見かねて手入れを始めました」
同じく商工会青年部OBの原田雄一さんが発起人となって仲間を募り、1996年に絆さくらの会の前身である「浪江桜の会」を設立。小黒さんが町への補助金申請などを行い、請戸川リバーラインの手入れを始めました。
絆さくらの会が行う手入れは、高所作業車を使ってチェーンソーやノコギリで木の上のほうの病気の枝まで切るという本格的なものです。枝を切った後は切り口に防腐剤を染み込ませ、さらに水分の蒸散や雨水の浸入を防ぐ癒合剤を塗って保護します。この手入れの仕方は、小黒さんが試行錯誤をして編み出した独自の方法だそうです。
「いわき市の樹木医さんに一度、枝の切り方や肥料のやり方を教わりましたが、その後はいろいろな方法を試してみました。2、3年しないと効果がわからないので、今の方法に辿り着くまでに5、6年かかりましたね。このやり方はたぶん、他の人はやっていないんじゃないかな」
現在の方法で請戸川リバーラインの手入れを始めて数年経つと、桜の花がきれいに咲くようになり、10年もすると幹も今のような美しい状態を取り戻したといいます。
震災の2年後に手入れ再開。若い移住者もメンバーに
絆さくらの会が請戸川リバーラインの手入れを始めてから15年後の2011年3月11日、東日本大震災が発生します。続いて起きた東京電力福島第一原子力発電所事故のため、小黒さんたちはふるさとを離れ、避難生活を余儀なくされました。
「実は震災当日の朝も、桜の手入れをしていたんです」と小黒さん。「『また明日からもがんばろう』と言って別れたら、そのままみんなバラバラになってしまいました」
小黒さん自身は避難所生活の後、4月に福島県二本松市の岳(だけ)温泉の宿泊施設に二次避難し、その後二本松市内の借上住宅に移りました。
「震災の年と次の年は、桜のことを考える余裕はなかったですね。その次の年になるとメンバーもみんな避難先に落ち着いたので、『そろそろ桜が気になるなぁ』となりました」
そして2013年3月、2年ぶりに請戸川リバーラインの手入れを再開。会の名称も浪江桜の会から「絆さくらの会」に変更しました。
「みんな浪江を離れてバラバラになっていたから、きっかけがないとそもそも集まらないですよね。桜がきっかけでお互いに顔を合わせて、つながりができればと思って『絆さくらの会』という名前にしました」
絆さくらの会では現在、毎年11月後半から12月と、2月後半から3月の土日に請戸川リバーラインの手入れを行っています。また、小黒さんたちが岳温泉に避難したことが縁で、毎年3月に「岳温泉桜坂」とその周辺の桜の手入れも行っています。
岳温泉桜坂のソメイヨシノは樹齢100年を超える古木で、以前はてんぐ巣病によって樹勢の衰えが著しい状態でした。しかし絆さくらの会の皆さんの手入れのおかげで、今では美しい姿を取り戻しています。
絆さくらの会の会員は現在25人ほど。小黒さん自身は3年前に浪江町に戻っていますが、今も町外で暮らす会員が多く、手入れの日は二本松市、福島市、郡山市、須賀川市、楢葉町など県内各地から集まってきます。最近では女性や浪江町に移住してきた若い世代も会員に加わって活動しているそうです。
「1回でも参加したら会員、という感じにゆるくしています(笑)。『手入れに出られなければ差し入れだけでもいいよ』とか『あなたはPR担当ね』と言ったり、うんとゆるくしてみんなの負担にならないようにしています」
震災前の面影が残る請戸川リバーラインを次世代へ
小黒さんにとって請戸川リバーラインは「残しておきたい浪江町の風景」だといいます。
「震災後、建物がどんどん解体されて、昔の街並みがなくなってしまいました。昔の浪江の面影が残っているのは請戸川リバーラインくらいしかないんです」
「花の時期に桜並木の様子を見に来ると、町の人が散歩をしたり、避難先から桜を見に来ているんだよね。やっぱりここは浪江町の残しておきたい風景だし、町民が帰ってきたときに昔の面影が残っているところがあれば、みんなも安心するんじゃないかな。だから、これからもこの桜並木を残していかなくちゃいけないと思っています」
絆さくらの会は、2023年冬から請戸川リバーラインの南側にある桜並木の手入れも始めました。長年手入れがされていなかったためてんぐ巣病がひどく、一本一本病気の枝を切り、切り口に薬を塗っていきます。時間も手間もかかる大変な作業です。
今後は絆さくらの会で行っているソメイヨシノの手入れの仕方やノウハウを、他の桜の保護団体などに伝えていきたいと小黒さんは話します。
「最近、県内の桜並木がボロボロになってきているのが気になっています。チェーンソーと防腐剤と癒合剤があれば誰でも手入れできますし、ちゃんと手入れすればソメイヨシノはきれいになります。
今度、東京農業大学の学生と一緒に町内の桜の手入れをすることになったので、学生に動画を撮ってもらって欲しい人に配布したり、インターネット上にアップしようと考えています」
請戸川リバーラインや岳温泉桜坂のように、古木でもきちんと手入れをすれば見事な桜並木となり、花をたっぷりと咲かせます。絆さくらの会の手入れ方法を多くの人に知ってもらい、福島県のソメイヨシノの名所が美しくよみがえる。そんな日が来ることを小黒さんは願っています。
<2023年4月6日取材、2023年12月2日手入れ撮影>
請戸川リバーライン
■所在地:福島県双葉郡浪江町大字権現堂字下川原付近
■例年の見頃:4月上旬
■ホームページ
岳温泉桜坂
■所在地:福島県二本松市岳温泉地内
■例年の見頃:4月中旬~下旬
■ホームページ
請戸川リバーラインMAP
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